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第353話 私がしたいこと

Author: Sunny
last update publish date: 2026-08-31 21:27:27

「一人で帰したくない」

その言葉が落ちたあと。

ラウンジの音が、急に遠くなったように感じた。

少し離れた席の笑い声も。

グラスへ水を注ぐ音も。

低く流れているピアノの旋律も。

薄い膜の向こうへ退いていく。

目の前では、冷め始めた紅茶から、わずかに湯気が立っていた。

隼人くんは、私を見たままだった。

いつものように笑わない。

冗談にも変えない。

テーブルに置いた手は動いていないのに、指先だけが少し内側へ曲がっている。

「それは」

声を出すと、自分の声まで遠く聞こえた。

「どういう意味?」

隼人くんの喉が動いた。

すぐには答えない。

視線が私の目から頬へ落ちる。

そこから一瞬だけ口元へ下がって、また戻った。

「綾香ちゃんが嫌じゃないなら」

そこで言葉を切る。

「今日は、もう少し一緒にいたい」

低い声だった。

「最近、全然会えてなかったし」

「電話では話してたけど、顔を見る時間も、二人でいられる時間もなかったから」

隼人くんの指先が、テーブルの木目をなぞるようにわずかに動く。

「今日も、やっと会えたのに」

息を吐く。

「父親たちと兄貴がいて」

「綾香ちゃんを見ないようにしてた」

私は瞬いた
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